DAZNの料金値上げの理由は?DAZNの経営状況を分析

 欧州サッカーファンにとっては欠かせない存在となったDAZNですが、2022年2月より値上げを行うことを発表しました。2016年に日本でサービスを開始して以降、初めての価格改定となります。従来は月額1,925円というプランでしたが、値上げ後は月額3,000円となります。

 今回の値上げを受け、DAZNの経営状況はどうなのか?という疑問が浮かびました。値上げの決断をするからには、経営的にも厳しい状況なのでしょうか。今回の記事では、DAZNのサービスを日本で展開しているDAZN Japan Investmentの発表などから、日本におけるDAZNの経営状況を分析してみます。

DAZN

DAZNの経営・財政状況

 まず、DAZNの現在の経営状況を推察してみます。DAZNを日本で展開している、DAZN Japan Investmetは非常に情報開示の少ない会社であり、経営上の指標である売上や利益と言った重要な数字は開示されていません。上場企業であれば、売上や利益と言った数字の開示が義務となりますが、DAZN Japan Investmentは上場しておらず、本社である英国のDAZN Groupも非上場となっています。そのため、詳細な数字を把握することは難しいですが、メディア向けの説明会などでわずかながら情報開示を行っています。

 DAZN Groupの財務事情ですが、グローバルで赤字が続いていると報道されています。下記の記事は、2019年のDAZNの財務状況に関する報道ですが、グローバルで14億ドルの赤字を計上しているとされています。

 一方で、売上は順調に成長を続けているとされ、2018年から2019年にかけては2倍近い成長を遂げています。全世界で会員数が伸び続けていることと、スポーツを放映する際に広告を流すことで収益を高めているようです。

 売上は伸ばすことができているが、投資が大きく赤字が続いている、というのがDAZNの現状の様です。これらの数字は、DAZNグローバルのもので、DAZNがサービスを展開しているイタリアやスペイン、ドイツと言った欧州の国々や、アメリカ、日本、ブラジル、オーストラリアなどの全ての地域の合計です。

 日本におけるDAZNの状況はと言うと、こちらもグローバルとあまり変わらないことが実情と推察されます。下記は2019年の夏に行われた、DAZNによる説明会の様子がまとめられた記事です。

 当時の日本法人のエグゼクティブバイスプレジデントであった、マーティン・ジョーンズ氏がDAZNの日本での展開について語っています。ここでも会員数や売上などの正確な数字は開示されていませんが、日本でも投資フェーズが継続中で、赤字が続いていると考えられます。

 グローバル同様に売上の成長は順調で、日本でも会員数の伸びは右肩上がりの様です。日本市場において、DAZNは積極的に広告宣伝費に投資し、テレビCMやインターネット広告、Jリーグのスタジアムでの告知などに力を入れてきました。その結果、日本でのDAZNの認知度は非常に高まっており、会員数の継続的な伸びにも繋がったと考えられます。

 しかし、DAZNの経営はコロナウイルスの感染拡大によって、大きな影響を受けたと考えられます。2020年には、世界中を新型コロナウイルスによるパンデミックが襲い、スポーツ業界に大きなダメージを与えました。世界的にスポーツが停止してしまったことで、放送できるライブコンテンツがなくなってしまったDAZNにとっては非常に大きな痛手だったでしょう。スポーツ業界は徐々に回復傾向にありますが、まだ完全にコロナ前には戻っていない状況です。

 DAZNの経営においても、特に2020年は赤字が更に膨らみ、会員数の伸びも鈍化、もしくは減少したのではないでしょうか。2021年になってからは、スポーツ業界は回復傾向にありますが、コロナ前には完全に戻ったわけではありません。DAZNは、日本でワールドカップ最終予選の放映権獲得などのコンテンツ拡充を行っており、再び会員数を増やしていると考えられます。しかし、コロナ影響からの回復状況を考えると、累積赤字は拡大しているのではないでしょうか。

アンフィールド 無観客
コロナ禍では無観客の時期が続いた

近年のDAZNの戦略

DAZNサービス開始からの成長投資フェーズ

 DAZNはサービスを開始して以来、積極的に投資を行ってきました。様々なスポーツの放映権を巨額で獲得し、充実したコンテンツを武器に会員数を増やしてきました。投資が巨額であるが故に累積の赤字が膨らんでいるわけですが、サービス開始時期に採算をあまり気にせずに先行投資を行うことは、ビジネスとしては定石と言えます。米国発で、現在は世界トップクラスの企業であるアマゾンが長らく赤字だったことも有名です。

 DAZNのサービスが成長する上で、いかに会員数を増やすことができるかは非常に重要です。DAZNの最も大きな収益源は、会員によるサブスクリプションだと考えられ、会員数を増やすことで第2の収益源である広告費による売上も増やすことができるからです。

 そのため、日本におけるDAZNは、会員数を増やすための投資を行ってきました。サッカーにおいては、Jリーグの放映権を2017年から10年間で2,100億円という巨額で獲得したことを皮切りに、プレミアリーグやラ・リーガ、セリエAと言った欧州サッカーの放映権を獲得してきました。

 DAZNのようなサービスにおいて、ユーザーが最も重視するのはコンテンツの魅力度なので、放映権に投資してコンテンツを拡充することは大切です。DAZNはその後も積極的に放映権への投資を続け、チャンピオンズリーグや日本代表のコパ・アメリカ、ワールドカップ最終予選の放映権も獲得してきました。

 コンテンツの拡充に投資を続けるのと同時に、日本における認知度を広げ、会員数を増やすためのプロモーションにも積極的に投資してきました。テレビCMは認知度を高めるには非常に効果的な手段ですが、相当な額の投資も必要とします。DAZNは継続的にテレビCMを通じた広告を行い、日本における認知度を高めてきました。

 また、docomoやauと言った通信キャリアと提携して、会員数を増やすプロモーションも行ってきました。通信キャリアとの提携プロモーションでは、ユーザーの月々の費用を通常よりも低めに設定することで会員数を増やしており、一種のプロモーションへの投資となります。

 DAZNはコンテンツを充実させることでサービスの魅力を高め、魅力的なサービスを武器としてプロモーションにも投資することで確実に成長を遂げてきました。しかし、先行投資の回収ができておらず、赤字が続いているのが実情です。そのため、先行投資によってサービス基盤を整える時期から、しっかりと黒字化して利益を上げるフェーズに徐々に移行していると考えられます。2022年2月以降の値上げも、その一環でしょう。

DAZNはJリーグの放映権にも投資
DAZNはJリーグの放映権にも投資

DAZN黒字化への移行フェーズ

 DAZNはサービスを開始した2016年以降、積極的に投資を行うことで会員数を増やすという戦略を採ってきました。赤字は一定許容し、とにかく市場にDAZNという名前とサービスを浸透させるというフェーズだったと考えられます。しかし、徐々に収益化を目指すフェーズに移行しています。

 実際に、2017年の時点で5年以内の黒字化を目指しているということを、グローバルのトップが明らかにしていました。2017年からだと2022年が5年目です。コロナによる想定外の停滞はあったでしょうが、先行投資フェーズから黒字化フェーズへの移行は着々と進んでいると考えられます。

 その第一歩が、2022年2月からの値上げでしょう。DAZNは日本での月額料金を、それまでの1,925円から、約1.5倍となる3,000円に値上げをすると発表しました。

 DAZNの収益の柱は会員による月額料金であるため、今回の値上げによって、会員数が変わらなければ売上も1.5倍になります。DAZNを契約しているユーザーの多くは、自分の見たいスポーツがあって契約しているでしょうし、値上げによる会員数の減少という影響は少ないでしょう。Jリーグやプレミアリーグを見ることのできるメディアはDAZNのみであることは変わらず、ファンは契約を続けるしかありません。

 しかし、月額料金の値上げだけで黒字化を達成することは困難でしょう。短期的に売上は増加するものの、新規会員の増加はペースが鈍化することも予測されます。コンテンツの放映権には今後も投資を続ける必要があり、その額は変わらず巨額です。月額料金の値上げのみでは、様々なスポーツの放映権への投資は回収できないでしょう。今後もDAZNは黒字化のために別の手を打つと考えられます。

 DAZNの今後の黒字化への打ち手として考えられるのは、コンテンツの厳選ではないかと考えられます。これまでのDAZNは、非常に多くのスポーツ・コンペティションの放送に挑戦してきました。それぞれのトライアルの中で、どのスポーツのどの大会がDAZNにとって投資対効果が良かったか、という点もデータが蓄積されている頃かと思います。

 投資対効果の高いものに投資を集中し、コンテンツを絞っていくという方針は、すでに兆候として表れています。DAZNが公式にリリースすることなく、チャンピオンズリーグの放映を取りやめたということが話題になりましたが、チャンピオンズリーグの放送取りやめは、コンテンツ厳選の先駆けだったのではないでしょうか。チャンピオンズリーグの放送はDAZNにとって、良い効果をもたらさなかったため、撤退を決断したと考えられます。

 チャンピオンズリーグの視聴者層を考えると、プレミアリーグやラ・リーガ、セリエAと言った欧州サッカーを普段から見ている人がほとんどでしょう。チャンピオンズリーグを見るためだけにDAZNに加入するユーザーは少ないかと思います。そのため、チャンピオンズリーグの放映権獲得は新規ユーザーの増加にあまり繋がらなかったのでしょう。チャンピオンズリーグの注目度は世界的にも高く、放映権料も高額です。新規ユーザー増への投資対効果が非常に低く、DAZNが撤退したというシナリオは十分にあり得るでしょう。

DAZNの経営の懸念点

 DAZNの月額料金の値上げ、そして今後はコンテンツの厳選が進むとなると、サッカーファンとしての懐事情は難しくなります。また、国内・海外に関わらず、サッカーを視聴するための負担が増加すると、新規のサッカーファンが少なくなるという懸念もあります。最後にDAZNの今後の展望から、サッカーファンとしての懸念を2点まとめてみたいと思います。

放送プラットフォームの分散

 DAZNによるコンテンツの厳選が進むと、サッカーを放送するプラットフォームの分散が進むと考えられます。その場合、サッカーファンとしては様々なメディア・サービスを契約せねばならず、コストの負担が増える懸念があります。

 リバプールファンである筆者としては、プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、国内カップを全てDAZNが放送していた時には、契約はDAZNのみで問題ありませんでした。しかし、DAZNとしてはプレミアリーグを始めとする欧州各国リーグとチャンピオンズリーグを同時に配信するメリットがあまりありません。今後もチャンピオンズリーグとプレミアリーグが同一のサービスで視聴できる可能性は低いのではないでしょうか。

 また、Jリーグと海外サッカーという2つの異なるコンテンツについても、プレミアリーグやラ・リーガとチャンピオンズリーグ程ではないにしても、一定のユーザー層の重複は考えられます。各国サッカーの放映権料が高騰する中で、DAZNがどこまでコンテンツを維持できるかは注目です。各コンペティションの放送サービスが分散すれば、サッカーファンとしての負担増加は免れません。

新規サッカーファン増の鈍化

 DAZNの値上げにより、新規サッカーファンにとってのハードルが高くなるという懸念もあります。改定料金の月額3,000円という価格は、少しサッカーに興味がある程度の人にとって、気軽に加入できる価格ではないかと思います。特に、学生などの若い世代にとってはハードルが高くなるでしょう。サッカーを始めた子供にとっても、家庭の理解を得ることが難しくなる可能性もあります。新規サッカーファンが増えにくくなると、日本サッカー界全体にとってもマイナスでしょう。

 サッカーの放映権の高騰は続いており、この流れが続けばDAZNの料金が更に高くなる可能性もあります。放映権バブルとも呼ばれている現状ですが、欧州の各クラブが移籍金や選手の給料に支払う金額も増加しており、クラブとしても放映権料の分配金がなければ経営が成り立たない状況です。

 放映権料が高騰を続け、それに伴ってファンの負担が増え続けるという状況は望ましくありません。新たにファンとなる人の数が減り、サッカー産業が将来的に先細ることになりかねません。サッカー産業の成長は歓迎すべきことかと思いますが、クラブ、メディア、そしてファンの負担が増加するような、不健全な業界構造を助長するという懸念もあります。

まとめ

 今回の記事では、DAZNの経営状況と今後の戦略についての考察を行ってきました。DAZNの現状としては、サービス開始から継続してきた先行投資フェーズから、利益を生み出すフェーズに移行しているという時期かと思います。その一環が2022年2月に行われる価格改定であり、その他にも採算の悪いコンテンツからの撤退、などが考えられるでしょう。

 サッカーを見るための値段が高くなりすぎると、ファンとしては痛手です。また、日本サッカー界としても、新規のファンが増えにくくなることは避けたいです。サッカーの放映権は、数年ごとに入札が行われるため、様々な動きが今後もあるでしょうが、サッカーファンとしては大きな関心事です。今後の日本における、サッカーの視聴環境がどう変化していくかは注目ポイントですね。

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