リバプール躍進の立役者 マイケル・エドワーズとは何者か?

 リバプールのマイケル・エドワーズという人物の名前を聞いたことがあるでしょうか。あまり表には出てこない名前ですが、リバプールが低迷期を脱し、欧州トップクラスへと返り咲くにあたって非常に重要な役割を果たした人物です。

 現在はリバプールのスポーティング・ディレクター(SD)という役職を務め、選手の補強や売却で手腕を発揮しています。ユルゲン・クロップが監督に就任してからは2人3脚で歩み、クロップスタイルのフットボールに必要な選手を獲得してきました。そんなマイケル・エドワーズですが、2022年の夏にリバプールとの契約が満了を迎え、クラブを去ることが決定しています。

 今回の記事では、リバプールの暗黒時代からの脱却を語る上で欠かすことのできない、マイケル・エドワーズという人物について、経歴やリバプールでの実績を詳しく紹介していきます。

マイケル・エドワーズの経歴

ポーツマスで分析官としてキャリアをスタート

 マイケル・エドワーズはイングランド南部のサウサンプトンの生まれです。元々は自身もプレイヤーとしてプロを目指しており、ピーターバラ・ユナイテッド(現在はチャンピオンシップ所属)の下部組織でプレーしていました。ポジションは右サイドバックだったようです。

 しかし、エドワーズは選手としての成功を掴むことはできず、学問の道に進みます。シェフィールド大学に進学し、経営学と情報科学を修めました。これらの学問は、エドワーズのキャリアの礎になっています。エドワーズは早いうちからフットボールへのデータ活用の重要性に目を付け、テクノロジーの導入を率先して行ってきた人物です。大学でITを学び、テクノロジーの分野に精通していたからこそでしょう。

 大学での学びを終えたエドワーズは、フットボールの世界へと戻ります。2003年にポーツマスで分析官としてのキャリアをスタートさせました。ポーツマスでは、対戦相手の戦術分析や補強候補となる選手の分析という仕事に従事します。ここでエドワーズはテクノロジーをフットボールの現場に持ち込みます。

 現在では、トレーニング中、試合中に関わらず、常に選手のデータを収集することはプロのフットボールの世界では当たり前のことです。選手がデバイスを装着することで、リアルタイムで走行距離やスプリント数などのデータを収集し、選手の状態を常に把握することが可能になっています。

リバプールのツィミカス(左)とアーノルド
データを収集するデバイスを装着している選手たち

 エドワーズは、選手のトラッキングデータの収集と活用をフットボールの世界に持ち込んだパイオニアでした。ポーツマスの分析官として、エドワーズはProZoneのサービスを導入しています。ProZoneとは、英国のリーズに本社を置く、スポーツチームを顧客にした分析会社名前です。各チーム用にカスタマイズされた、試合やトレーニングのデータを提供するサービスを展開しており、各チームはそのデータをもとに分析を行います。現在ではフットボール界では主流になっており、欧州トップクラブや、各国代表チームがこぞって契約しているという状況です。しかし、エドワーズがポーツマスの分析官に就任した2000年代前半は、フットボール界ではデータの活用など重視されていない時代でした。

 ポーツマスの分析官として、エドワーズはその仕事ぶりと結果によって信頼を獲得していきます。エドワーズは、元々自身が選手だったということもあり、選手とのコミュニケーションに長けていました。高いデータ処理能力やテクノロジーの理解という専門知識が必要な分析官という職業においては、フットボールの世界を深く経験している人物は多くありません。フットボールクラブの現場を深く理解しているエドワーズは、選手からの信頼も獲得し、データ活用を現場に落とし込むことに成功しました。統計的な観点で選手のパフォーマンス改善にアドバイスする存在として、選手からの信頼も厚かったようです。

 エドワーズが在籍していた頃のポーツマスは、チームとしても非常に良好な成績を記録しています。当時のポーツマスはプレミアリーグに昇格し、定着を狙うチームでした。長らく下部リーグに低迷していたポーツマスでしたが、監督に就任したハリー・レドナップは02-03シーズンにチャンピオンシップを制します。昇格後は、プレミアリーグでも健闘し、06-07シーズン、07-08シーズンは2年連続でトップ10でシーズンを終えており、07-08シーズンにはFAカップ制覇も達成しています。このチームの成績は、分析官として在籍していたエドワーズの評価を高めるには十分なものでした。

トッテナムで分析部門の責任者に

 2008年、エドワーズはポーツマスを離れてトッテナムに加入します。トッテナムの監督に就任したハリー・レドナップを追う形でトッテナムへのステップアップを実現しました。レドナップはポーツマス時代の経験から、分析官としてのエドワーズを高く評価しており、スパーズのコーチングチームに引き入れたとのことです。

エドワーズはトッテナムに2011年まで在籍しています。スパーズでの役割は、分析部門の責任者でした。スパーズでもエドワーズは、テクノロジーやデータを活用して分析を行い、クラブに貢献する役割に従事します。主に自チームのパフォーマンス分析を行っており、トッテナムの会長であるダニエル・レヴィもその働きぶりを高く評価していたとのことです。

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 トッテナム時代のマイケル・エドワーズについてはあまり詳しく語られることはありません。しかし、後にリバプールにヘッドハンティングされることを考えると、スパーズでも一定の成果を残していたことが想像できます。

 エドワーズは3年間ほどスパーズに在籍していましたが、スパーズにとってもこの時期は上昇気流に乗ることのできた期間でした。ハリー・レドナップ監督の下、09-10シーズンにはトップ4フィニッシュを実現し、クラブ史上初となるチャンピオンズリーグの出場権を獲得しています。2010年ごろには、ルカ・モドリッチ、ギャレス・ベイル、ラファエル・ファン・デル・ファールトなどのトップ選手もプレーしており、印象に残るチームでした。

リバプールにヘッドハンティングされる

 ポーツマスとトッテナムでキャリアを積んだエドワーズがマージーサイドにやってきたのは2011年のことです。リバプールは2010年にオーナーがFSG(Fenway Sports Group)に代わり、新たな時代を迎えるタイミングでした。

 新たにリバプールのオーナーとなったFSGは、リバプールにおいてフットボール版「マネーボール」への挑戦を始めます。「マネーボール」とは、アメリカの野球界を舞台としたノンフィクションの物語で、貧乏球団であるアスレチックスが、統計学的手法を活用することにより、強豪球団に成長するというストーリーです。FSGは、フットボールの世界にいおても、データをもとに統計学的知見から選手補強の意思決定を行う手法は有効だと考え、リバプールでの挑戦をスタートさせます。

 従来のフットボールの世界では、監督やスカウトの主観による選手の評価や補強が一般的でした。しかし、合理的な考え方をするFSGとしては、データを基にした客観的で適切な評価を下すことで、的確な選手補強が可能となり、チームの強化につながると考えていたのでしょう。資金的に余裕のあるクラブではないリバプールとしては、補強の打率を高めることは必要不可欠です。確実にチームにフィットする選手を獲得し、無駄な投資は減らす必要があります。そのための手法が、「マネーボール」で成功を収めたデータに基づく統計的手法でした。

 FSGはこの新たな挑戦のために、選手補強に関する仕事を担う役割として、トッテナムからダミアン・コモリを引き抜きました。当時のコモリに与えられた肩書はフットボールディレクターというものでした。役割としては、現在のSDとほぼ同様で、主に補強等を仕切る仕事だと捉えれば良いでしょう。そんなダミアン・コモリが、FSGのチャレンジには非常に重要となるデータ分析周りのプロフェッショナルとして自身と一緒にリバプールへ連れてきたのが、スパーズで共に仕事をしていたマイケル・エドワーズでした。

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 ダミアン・コモリによってリバプールへとヘッドハンティングされたエドワーズは、スパーズ時代と同様に分析部門の責任者の役割に就きます。そして、リバプールで徐々にその才能を発揮したエドワーズは、順調に役職を上げていきます。ダミアン・コモリがリバプールを去ったこともあり、彼の役割を継いで補強を含むフットボールオペレーション全体の責任を負うことになります。2015年~2016年にかけてはテクニカルディレクター、2016年11月以降はスポーティング・ディレクター(SD)と肩書を変え、リバプールが再び欧州トップレベルに返り咲く一翼を担うことになりました。

マイケル・エドワーズのリバプールでの功績

 マイケル・エドワーズは2016年11月にリバプールのSDに就任して以降、様々な仕事に取り組み、功績を残してきました。一般的に、SDの仕事は、現場(監督や選手を含めたチーム)と経営陣(オーナー:リバプールだとFSG)の間に立つという役割です。エドワーズの場合、FSGが目指す科学的見地に基づいたフットボールを実現できる現場環境を整える、というのがSDとしての役割だったでしょうか。ここからは、エドワーズがリバプールで残した実績について、補強を中心に見ていきます。

マイケル・エドワーズが獲得した選手たち

 FSGがリバプールのオーナーとなり、データに基づいて選手を獲得するという試みをスタートさせましたが、最初からうまくいったわけではありませんでした。ダミアン・コモリが獲得した選手の中には、大成功と評価される選手もいる中で、高額な移籍金の割に活躍できなかった選手も多くいました。その代表格は、当時クラブ市場最高額の移籍金で加入したアンディ・キャロルでしょう。他にも、スチュワート・ダウニングやチャーリー・アダムと言った選手を獲得したものの、アンフィールドで大きな活躍は見せられませんでした。しかし、ルイス・スアレスやジョーダン・ヘンダーソンと言った後のスター選手も獲得しています。最も、ヘンダーソンの獲得に関しては、当時は批判の対象となっていましたが。

 その後、ダミアン・コモリがリバプールを去り、ブレンダン・ロジャースが監督に就任します。マイケル・エドワーズが本格的に補強活動に関わりを持ち始めるのはこの時期からでしょうか。しかし、ブレンダン・ロジャースは選手補強に関する決定は監督が責任を持って下すべきという考えを持っていました。そのため、エドワーズをはじめとする、バックエンドからの提案とは、選手補強を巡って衝突することも多かったようです。そんな中でも、エムレ・チャンやロベルト・フィルミーノと言った、後にチームの中心として活躍する選手の獲得を提案し、推し進めたのはエドワーズたちであったと言われていますね。

 そして、エドワーズが獲得を進めた選手の活躍が顕著になったのは、ユルゲン・クロップが監督に就任してからです。クロップはドルトムント時代にもツォルクSDと共に仕事をしており、SDがいる体制を好むとも発言しています。リバプールにおいては、エドワーズらと選手獲得についてよく議論しているそうです。現体制のリバプールにおいては、選手獲得の最終決定権はクロップにあるものの、エドワーズらがリストアップした選手の獲得について議論して決定する形のようです。

 クロップ&エドワーズ体制におけるリバプールの補強の成功率が高いのは周知の事実です。以下が、エドワーズがSDに就任して以降にリバプールが獲得した選手をまとめたものです。

マイケル・エドワーズによる獲得選手
エドワーズがSDとして獲得した選手

 改めて、現在のチームで主力として活躍している選手が非常に多いことがわかります。ソランケとシャキリ以外は現在のチームに在籍しており、ロバートソン、サラー、ファン・ダイク、アリソン、ファビーニョと言った選手は、チームで変えのきかない選手となっています。また、直近2年で加入した、ツィミカス、チアゴ、ジョタ、コナテと言った選手も順調にフィットしてきており、補強の打率は非常に高いことが伺えます。

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マイケル・エドワーズの交渉術と選手売却

 また、エドワーズは他クラブとの移籍交渉においても非常に優れていると評価されます。いくら良い選手をリストアップしたところで、実際に獲得できなければ始まりません。エドワーズは、選手の獲得時における他クラブとの交渉においても、非常に優れた手腕を発揮してきました。

 上記のリストを見ても、過剰に移籍金を払っていると感じるケースは見当たりません。むしろ、サラーやロバートソンと言った選手は、これまでの活躍を見る限りは非常に格安だったと感じます。資金的な余裕があるとは言えないリバプールにおいて、適切な額以上の移籍金を払うことなくチームの主力を補強していたエドワーズの手腕は絶大でした。そして、ファン・ダイクの獲得時には非常に粘り強い交渉を続けていたのも印象的です。当時の報道によると、リバプールはサウサンプトンのフロント陣を怒らせてしまい、サウサンプトンのブロックは非常に強固なものでした。しかし、エドワーズを中心とするリバプール側は粘り強く接触を続け、最終的に移籍の合意を取り付けることに成功しました。

 エドワーズらの移籍オペレーションの優秀さは、選手の売却からも見て取れます。近年のリバプールは、選手売却においても妥協することなく、市場価格以上での選手の売却を行ってきました。リバプールではあまり出番のなかった若手や、構想外となった選手に関してもきちんと移籍金を獲得しており、補強資金の原資となっていました。以下は、エドワーズが中心となって進めた選手売却の一部です。

マイケル・エドワーズによる主な売却選手
エドワーズが進めた主な選手売却

 このリストから、エドワーズらによる選手売却の巧みさが見て取れます。アイブ、スチュワート、ソランケ、ブリュースターと言った選手は、リバプールでは期待の若手でしたがあまり出番は得られていませんでした。また、サコーとベンテケも構想外となっていた選手でしたが、リバプールは高額な移籍金を得ることができています。

 コウチーニョに関しては、当時のバルセロナがネイマールの売却によって巨額の資金を抱えていたという状況もあり、非常に巨額の移籍金での売却に成功しています。このコウチーニョ売却による収益がファン・ダイクとアリソン獲得の原資となったと言われていますが、見事な移籍オペレーションであったと言えるでしょう。

まとめ

 ここまで見てきたように、移籍オペレーションの面で卓越した手腕を発揮してきたのがマイケル・エドワーズです。データをもとにした分析により、チームにフィットする選手を確実にリストアップし、優れた交渉術で補強を実現させてきました。現在のクロップリバプールのピッチ内における成功の影の立役者であることは間違いないでしょう。

 しかし、リバプールとエドワーズの契約は2022年の夏を持って満了を迎え、エドワーズはリバプールを離れることとなりました。クラブにとっては大きな痛手です。

 しかし、FSGとリバプールが進めてきた、補強の意思決定にデータを活用するという手法は、クラブ内にも蓄積されていることでしょう。エドワーズと共に仕事をしてきた人物がクラブには多く残っており、彼らが今後のリバプールの移籍オペレーションを引き継いでくれるのではないでしょうか。