戦術的ピリオダイゼーションとは? 欧州サッカーの理論を紹介

 少しディープなサッカーファンであれば、「戦術的ピリオダイゼーション」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。戦術的ピリオダイゼーションとは、サッカーにおけるひとつのトレーニング理論で、欧州サッカーの世界では一般的な考え方になっています。

 ジョゼ・モウリーニョなどは戦術的ピリオダイゼーションの信奉者として広く知られており、欧州で実績を残してきました。今回の記事では、戦術的ピリオダイゼーション理論について、基礎から紹介します。

書籍紹介 『「サッカー」とは何か』

 まず初めに、戦術的ピリオダイゼーションについて詳しく紹介されている書籍を紹介します。林舞輝氏による、『「サッカー」とは何か』です。本書では、実際に欧州で戦術的ピリオダイゼーション理論を学んだ著者によって、戦術的ピリオダイゼーション理論が詳しく紹介されています。

 本書では、戦術的ピリオダイゼーションと対になる理論として、構造化トレーニングも紹介しています。ある意味では戦術的ピリオダイゼーションに似た概念ですが、本記事では触れていません。機会があれば、別記事で紹介できればと思います。

 著者の林舞輝氏は、イングランドやポルトガルの大学・大学院でサッカーのトレーニング理論について学んだ方です。ポルトガルは戦術的ピリオダイゼーション理論の発祥地であり、著者は本場のポルト大学で学んでいます。

 ジョゼ・モウリーニョによる直々の講座も受講したという著者は、日本に帰国後はJFLの奈良クラブでGMと監督を務めています。25歳で奈良クラブの監督を務めており、非常にその能力や知識を評価されていることがわかります。2021年からは、浦和レッズで分析コーチを務めているようです。

戦術的ピリオダイゼーションとは

 戦術的ピリオダイゼーションは、上述の通り、ポルトガル発祥のトレーニング理論で、ポルト大学のビトール・フラーデ教授が提唱者です。ビトール・フラーデがサッカーに、他分野の様々な学問を取り入れながら、ポルト大学での研究とFCポルトでの実践の両輪で磨き上げた理論です。

 戦術的ピリオダイゼーションを理解するには、「戦術的」という部分と「ピリオダイゼーション」という部分を分けて考えると理解が進みます。

戦術的とは

 まず「戦術的」という部分ですが、戦術的ピリオダイゼーション理論は、戦術的にプレーできるチームを作り上げるために、トレーニングを含めた準備を行うことに言及した理論です。ここで言う、「戦術的にプレーできるチーム」については、『「サッカー」とは何か』において以下のように定義されています。

戦術的なチームとは、明確なゲームモデルが全選手に浸透し脳内に同じ地図を持ち、全ての選手がそのゲームモデルによるプレー原則に基づいた判断とプレーが適切に行えるチーム。

『「サッカー」とは何か』 林舞輝より

 チーム内でどのようなサッカーを行うか、が明確に定義され、その実現のためのルールが整備されて、実行されるチームが戦術的なチームです。そんなチームの構築を目指すのが、戦術的ピリオダイゼーションになります。

ピリオダイゼーションとは

 次に、ピリオダイゼーションの部分についてです。ピリオダイゼーションの部分は、どのように「戦術的なチーム」を目指すのか、という部分になります。

 ピリオダイゼーションと言う言葉は、英語の「period」という単語から来ており、期間という意味です。「period」を動詞にした「periodize」(期間分けする)を名詞にした「periodization」は、期間分け、という意味で使われています。

 元々、筋トレなどの世界ではトレーニングを周期で考えるピリオダイゼーションの考え方は一般的で、戦術的ピリオダイゼーション理論ではそれをサッカーに応用しています。戦術的なチームを目指すために、周期的なトレーニングサイクルを構築するという、ピリオダイゼーションの考え方を導入しています。

戦術的ピリオダイゼーションとは
・ 「戦術的」+「ピリオダイゼーション」に分けて理解
・チーム全体が共通のアイデアを持ち、体現する「戦術的なチーム」を目指す理論
・「戦術的なチーム」を、トレーニングを周期で考えるピリオダイゼーションによって目指す

ゲームモデルとは

 ここまで、戦術的ピリオダイゼーションという概念について説明してきました。ここからは、戦術的ピリオダイゼーションを実践する上で必要となる3つの考え方について紹介していきます。

 まず最初に、「戦術的なチーム」の定義の部分でも触れた、ゲームモデルについてです。上述の通り、戦術的ピリオダイゼーションでは、ゲームモデルに沿ってプレーできるチームの構築を目指します。つまり、ゲームモデルと言うのは、チームを構成するメンバーが共通して持っている、チームが目指す場所を記した地図のことです。

 ゲームモデルを策定するのは基本的には監督の役割です。チームを率いる監督は、チームがいかなる状況でも同じ方向を向き、共通認識を持ってプレーするためにゲームモデルを策定します。そして、トレーニングや試合、ミーティングを通してゲームモデルをチームに浸透させます。

 ゲームモデルは、チームに応じて様々な要素を考慮して策定されます。例えば、FCバルセロナであれば、伝統的にショートパスを繋いで試合の主導権を握るサッカーに取り組んでおり、クラブの伝統や文化に準じたゲームモデルが策定されるべきです。

 他にも、チームを率いる監督のカラーや、チームに在籍している選手の特徴と言った要素を考慮し、チームとしてどんなサッカーを行うのかを定義します。戦術的ピリオダイゼーションは、このゲームモデルに沿ったチームを構築することを目的としているため、この理論で最も重要な概念の一つと言えるでしょう。

プレー原則とは

 ゲームモデルに続く概念として、プレー原則が存在します。プレー原則とは、ゲームモデルの下位に位置する概念で、ゲームモデルを実現するために、試合の各局面でどのようなプレーをしなければいけないかを具体的に規定します。

 戦術的ピリオダイゼーションにおいては、サッカーは4局面あると解釈されています。ボールを保持する攻撃、ボールを保持しない守備、攻撃から守備に切り替わるネガティブトランジション、守備から攻撃に切り替わるポジティブトランジション、の4局面です。

サッカーにおける4つの局面

 これらの各局面において、チームとして設定したゲームモデルを実現するために、どのようなプレーをしなければいけないかを規定したのがプレー原則です。例えば、激しいプレッシングと素早いカウンターというゲームモデルを掲げるチームであれば、攻撃時のプレー原則には「縦へ素早くパスを送る」ことが定められているかもしれません。また、守備におけるプレー原則には、「激しくプレスを行う」と言う項目があることも考えられるでしょう。

 加えて、プレー原則にはさらに下位の概念が存在します。最も上位のプレー原則を主原則とすると、準原則、準ヶ原則と細分化されていきます。上記の例で言うと、「縦へ素早くパスを送る」という攻撃時における主原則の準原則は、「FWの裏にボールを送る」や、「FWにポストプレーをさせる」と言った準原則が考えられるでしょう。

 このように、戦術的ピリオダイゼーションにおいては、ゲームモデルというチーム共通の地図を実現するために、プレー原則と言う概念を持っています。ゲームモデルに応じたプレー原則をきちんと定め、選手にプレー原則を浸透させることで戦術的なチームを目指すという考え方です。

ゲームモデル、プレー原則の説明

モルフォサイクルについて

 ここまで述べてきた、ゲームモデルとプレー原則という概念は、戦術的ピリオダイゼーション理論における、「戦術的」の部分に関する概念でした。次に紹介するモルフォサイクルは、「ピリオダイゼーション」の部分に関する概念になります。

 プロサッカーの世界では、週末に試合が行われ、平日は週末に向けてのトレーニング期間となることが一般的です。また、シーズンが一度始まると、平日にトレーニングを積んで週末に試合を戦うというサイクルを8か月ほど継続することになります。

 戦術的ピリオダイゼーション理論では、この長いシーズンを通してコンディションを維持し、かつ戦術的なチームの熟成度を上げるために1週間単位でプログラムを考えます。そして、この1週間ごとのサイクルのことをモルフォサイクルと呼びます。

 モルフォサイクルの基本的な考え方として、チームの負荷をコントロールすることがあります。日曜日に試合があった場合、出場した選手の負荷は非常に高まります。そのため、月曜日や火曜日は負荷の小さなトレーニングや休息日として負荷を軽減してコントロールします。そして、選手たちが回復した水曜日や木曜日には比較的負荷の高いトレーニングを行い、次の試合が近づく金曜日、土曜日には徐々に負荷を落としていきます。

 モルフォサイクルでは、1週間のサイクルについて上述のような考え方をしますが、重要なのはすべてのトレーニングが戦術的なチームを目指すという点です。つまり、負荷の少ないトレーニングにおいても、プレーモデルを浸透させるエッセンスを組み込み、戦術的なチーム作りを目指します。

モルフォサイクルの一例

まとめ

 今回の記事では、サッカーにおける戦術的ピリオダイゼーション理論について簡単に紹介してきました。ゲームモデル、プレー原則によって定義された、チームのサッカーを実現するために、モルフォサイクルを実行していくというのが戦術的ピリオダイゼーションの考え方です。

 本記事での説明は概要レベルにとどまっており、より詳しく戦術的ピリオダイゼーションを学びたい場合は、上でも紹介した林舞輝氏による、『「サッカー」とは何か』がおすすめです。

 戦術的ピリオダイゼーションはトレーニングやチーム作りに関する理論で、主に指導者にとって重要な考え方でしょう。しかし、サッカーを見て楽しむファンとしても、現代のプロサッカーチームがどのような考え方に基づいて行動しているのかを知ることは、サッカーを見る面白さを増大させます。

 特に欧州では、ゲームモデルやプレー原則が特徴的に表れていることも多く、試合を観戦する中でそのチームのゲームモデルやプレー原則を考察してみるのも面白いでしょう。この記事がサッカーリテラシーの向上に少しでも役に立つことができれば幸いです。