リバプールはなぜ今夏補強をしなかったのか?FSGの経営戦略から理由を考察

 今夏、リバプールは非常に静かな夏を過ごしました。プレミアリーグのライバルチームが派手な補強を行う中、リバプールの補強はイブラヒマ・コナテ1人に留まっています。昨季まで中盤の絶対的な主力だったワイナルドゥムがチームを去り、冬にはアフリカネーションズカップの関係でサラー、マネ、ケイタの離脱が確定しています。ファン目線だと、補強が必要そうにも見える状況ですが、リバプールはなぜこれほど静かな夏を過ごしたのでしょうか?今回の記事では、リバプールのオーナーであるFenway Sports Group(FSG)のクラブ運営方針に触れつつ、その理由について考察していきたいと思います。

補強への投資が少ないのは今夏だけではないリバプール

 まず、今夏のライバルチームの動きを振り返ってみます。下のグラフは、2021年夏の移籍市場でプレミアリーグのビッグ6と呼ばれるクラブが選手獲得に使った金額と選手売却で得た金額を示しています。今夏、コナテを獲得するに留まったリバプールは支出額では6チームの中で最小です。一方、ベン・ホワイト、富安、ウーデゴール等、多くの選手を獲得したアーセナルが支出額ではトップ。サンチョやロナウドに投資したマンンチェスターユナイテッド、グリーリッシュに投資したマンチェスターシティ、ルカク、サウールを獲得したチェルシーが続きます。トッテナムも、ブライアン・ヒルやエメルソンを獲得しており、投資額でリバプールを上回っています。

 今夏、ライバルチームと比較して消極的な投資に留まったリバプールですが、リバプールの移籍市場における消極的な姿勢は今に始まったことではありません。FSGがリバプールのオーナーになった2010年以降、リバプールは基本的に他のクラブと比較して堅実な補強を続けてきました。近年は、ファン・ダイク、アリソンと立て続けに大きな補強を行ったものの、投資額では他チームと比較して多いわけではありません。下のグラフは、ビッグ6の各クラブが10/11シーズン以降、補強に使った金額と売却で得た金額を表しています。

 近年ではファン・ダイク、アリソンを補強したことでお金を使っているような印象も与えているリバプールですが、ここ10年間の総額で見ると、上から5番目の消費額です。リバプールより補強に投資していないのは、ビッグ6ではトッテナムのみ。移籍市場で得た売却益では、チェルシーの次に多いのはリバプールですが、投資額には大きな開きがあります。10年と言うスパンで見ても、チェルシーとマンチェスターシティが選手獲得に費やした金額は飛び抜けています。チェルシーに至っては、1年間の補強禁止処分があってこの補強金額であり、移籍市場での積極的な姿勢が見て取れます。

なぜリバプールは積極的な補強をしないのか?

 アリソンやファビーニョがリバプールにやって来た2018年の夏以来、リバプールはあまり補強に投資していない印象です。確かに、2010年代の前半はピッチ上での成績も悪く、補強に使えるお金を確保できなかったという面もあるでしょう。しかし、クロップが就任し、チャンピオンズリーグの常連に戻って以降も、他のプレミアリーグのクラブと比較して消極的な選手獲得に留まっています。なぜリバプールは移籍市場で積極的に動かないのでしょうか?表に出ている情報を見る限り、その理由は以下の2点ではないかと考えられます。

  1. リバプールのオーナーであるFSGが健全で合理的なクラブ経営を志向しているから
  2. コロナ影響で健全経営の範囲で使えるお金がないから

これらの2つの点について、順番に考察していきます。

①FSGによる健全で合理的なクラブ経営

 まず、現在リバプールを経営しているFSGこと、Fenway Sports Groupのクラブ経営の考え方についてです。FSGは、アメリカ人であるジョン・ウィリアム・ヘンリーをトップとするスポーツに特化した投資会社のようなものでしょうか。リバプールだけではなく、世界中でいくつかのスポーツクラブを買収し、経営している会社です。有名な所だと、MLBのボストン・レッドソックスはFSGの傘下ですね。

 そんなFSGがリバプールを買収したのは、2010年のことです。前オーナーであったトム・ヒックスとジョージ・ジレットがクラブの経営に行き詰まり、多額の負債を抱えたリバプールは経営破綻寸前まで追い込まれていました。そんな多額の借金を背負うクラブを引き継いだFSGは、財政面での健全な経営を志向します。

 FSGの考え方の一つは、持続可能なクラブ経営を行う、というものです。リバプールFCとして稼いだお金で投資を行い、成長を目指すという考え方です。サッカークラブも企業です。一般の企業では、自分たちが稼ぐことのできるお金以上に投資を続けることは不可能ですが、そのような一般的なビジネスの論理が通用しないのがサッカー界でもあります。強力な資金力を誇るオーナーがお金を出し、派手な補強を行うことも可能です。FSGとしては、サッカー界におけるそのような経営は、企業のビジネスとしては持続的ではないと考えているのでしょうか。

 上のグラフは、過去10年間において、プレミアリーグの各クラブのオーナーがどれだけクラブに出資したかを表しています。FSGによる出資額は、マンチェスターシティ、チェルシー、マンチェスターユナイテッドに続く4番目です。こう見ると、シティとチェルシーのオーナーがどれだけクラブに資金を投下しているかが明らかになります。シティ、チェルシーが移籍市場で派手な動きを見せることができる要因は、オーナーの資金力によるものがやはり大きいでしょう。次に続くのがマンチェスターユナイテッドですが、こちらはオーナーであるグレイザー家からの出資ではなく、新株の発行によるもののようです。

 FSGは過去10年間において、合計£136mをリバプールに出資しています。これらの出資は主にアンフィールドの改修・増築に向けたものであり、最後にFSGによる資金投入が行われたのは2016年です。多額の借金がある中でオーナーによる資金注入に頼らず、リバプールの収益性を改善することでFSGは経営を立て直してきました。資金力が豊富なオーナーがバックにいるシティやチェルシーとは根本的に異なる経営の在り方でしょう。アメリカのビジネス集団であるFSGは、クラブが稼いだお金で補強などの投資を行い、リターンを得るというサイクルを回すことこそ、ビジネス組織として合理的であり、持続可能な活動であると考えているのではないでしょうか。

 合理的にクラブ経営上の意思決定を行い、財政的な健全性を追求するFSGですので、お金がない時に大きな投資は行わないでしょう。リバプールが今夏に大きな補強をしなかった理由は、FSGの経営方針を前提として、手元に使える資金がなかったことがあると考えられます。

②健全経営の範囲で使えるお金がないリバプール

 持続可能な経営を志向するFSGは今夏、大きな補強をしませんでした。その理由の一つとして考えられるのが、財政面です。ここからは、リバプールFCの財政の状況について、考察していきます。

 現在のリバプールの財政に最も大きな影響を与えたのは、間違いなくパンデミックでしょう。新型コロナウイルスの影響を受けたのはリバプールだけではなく、サッカー界全体です。観客を試合に動員できなくなったことでマッチデイ収入が激減し、放映権による収入も減少しました。サッカー界では、多くのクラブがコスト体質の経営を行っています。ピッチ上で結果を残すために、良い選手、良い設備を維持する必要があり、それにはお金がかかります。パンデミックは予想外の打撃であり、多くのクラブが経営危機に陥りました。健全経営を志すリバプールとて、パンデミックは経営に大きな影響を与えました。実際、リバプールは当面の運転資金を確保するために、2020年に£147mを銀行から借り入れています。

 パンデミックによって収益が低下し、運転資金を借金で確保したリバプールとしては、積極的な補強の判断はしづらかったでしょう。しかし、パンデミックによって経営が苦しくなっているのは他のチームも同様です(マンチェスターシティ、チェルシー、パリ・サンジェルマンは例外)。そんな中でも、アーセナルやマンチェスターユナイテッドは今夏も積極的な補強に出ました。これらのチームと比較しても、リバプールが補強に動かなかったのは、現状のメンバーでもそれなりの競争力を持って戦えるという現場の判断もあったのかもしれません。

 リバプールの財政状況を概観すると、補強ができないほどお金がないわけではないと思われます。利益が縮小し、運転資金が減少したリバプールですが、資金調達を行うことや、赤字を許容することで補強を行うことは可能だったと思われます。しかし、結果的にリバプールは投資を見送る判断を下しました。

 ここ数年のピッチ内での成功、FSGによる経営体質の変革により、近年では着実に売上を伸ばしていました。しかし、他のサッカークラブと同様に、選手の給与等に大きなコストがかかってるのも事実です。リバプールが補強に使える多額の資金を蓄積できていたわけではありません。そんな折、コロナウイルスによるパンデミックが世界を襲いました。先が見えない状況の中、リバプールは現状の戦力にある程度の見込みが立つこともあり、補強を見送ったのではないでしょうか。ピッチ内での成績が悪く、改善が必要な状況であればリスクと取って補強を行うという選択肢を取ったのではないでしょうか。

まとめ

 本記事では、今夏の移籍市場でリバプールが積極的な動きを見せなかった理由を考察してきました。健全経営を志向するFSGとしては、コロナ影響で経営に大きなダメージを受けた中で大きな投資判断を下しづらかったというのが、考えられる理由です。無理をして資金を調達し、経営上のリスクを冒すよりも、現状の戦力を見極めて戦うという判断は、非常に合理的でFSGらしいと言えるのではないでしょうか。現在、イングランドではパンデミック対策の規制も全面的に解除され、サッカー界も元の状態に戻りつつあります。FSGとしても、今後は投資判断を下しやすい状況に転じるのではないでしょうか。ファンとしても新たな選手の加入は大きな楽しみの一つです。今冬、そして来夏の移籍市場での動きに期待したいところです。